先日、Discover Japanの取材を受けました!
7月1日、全国の書店に並びますので是非、ひで菌のアホずらをご覧くださいませ。。。
↓取材班の皆さま

(左)カメラマンの宮地さん (中)エイ出版の今さん (左)柏井壽先生!
今回のDiscover Japanは宿特集。その監修をされるのが柏井先生です。
なぜ先生か?
実は歯医者さんなんです。で、その傍ら旅紀行のエッセーをなどを多く執筆。数々の旅の本も出しておられますが、昨今は違うペンネームでサスペンスもどんどんUPされるのなど2足のわらじドコロではないお方です。
柏井先生との出会いは大よそ6年前。
私が後を継ぎリニューアルし、順風満帆の気持ちで臨んだ勝負は最悪の序章でした。
開業後約3~4か月にわたり全くお客様が来ない!
従来お越しいただいてたお客様にはコンセプトを受け入れられず、苦情の嵐。
「あんたが継いで、最悪じゃね。も~二度といかん」など30分にわたり電話で説教をうけたり
そりゃ~凄まじかった・・・とさぁ~。
信念はあったけど、さすがに3・4ケ月続くと戦意喪失。
月に10組ペース。赤字は蓄積し、心肺停止寸前の旅館でした。。。
そんな中、辛うじて取材に来て下さった雑誌がCREA。
(実はCREAが取材に来る切欠になったのは、また別の命の恩人が。。。また今度ふれます。)
反響出はじめた頃、さらに油を注ぐ事件が起きました。
CREA発売後、間もなくシングルユースで男性一人の予約が入りました。
バーで色々な質問を受け、変わった方だなぁ~と思っていました。冷やかしかと。(笑)
その夕食の途中。
その男性の方が、いきなりテレビでないか?と誘われました。 「はい?」
渡された名刺に「歯科医 柏井壽」と書いてありました。
あっ、歯医者様ですか。。。やはり冷やかし???
とぼとぼ事務所に戻り、ふと勉強の為にと姉からもらった宿の本の著者に目がとまり・・・
あれっ?
名刺を見返す。 同じ名前じゃん!?
あわててダイニングに戻り、テレビって何の番組ですか?と尋ねると、
「旅の香り時の遊び」だよ。と。
当時、柏井先生はこの番組の監修もしておられたので、そのリサーチでお越しになっていたのです。
ま~この時のハシャギようは、言葉では言い表せませんね。。。
話はとんとん拍子に進み、11月にOA。
当時の旅の香りは超高視聴率。その1時間の放送の中の約半分を「てしま旅館」がとってしまったのです。これは億単位の宣伝効果に匹敵する出来事。
ま~当時は旅館にデザインと言うのは新しいカテゴリーでもあり、そんなクールなイメージの中にも、当時2歳の歌七多が「いらっしゃいませ~」などおちゃめっけたっぷりの営業をしていたこともあり、ネタが満載だったのですね。
なぜかOA前から、電話が殺到し始め、真っ白の予約台帳が一瞬にして3ヶ月先の平日まで真黒に。
一夜にして、地と天がひっくり返ったのでした。
これを切欠に取材が殺到。出ていない雑誌がないくらい登場しまくりました。。。
長くなっちゃいましたが、柏井先生との出会いは、こんな始まりで。
この出会いがなければ、間違いなく私たちはリニューアル1年も経たないうちに倒産していたことでしょう。そして、たくさんのお客様との出会いも当然なかったし、今の自分もいなかった。
リニューアルした一年目は、尋常ではない喜怒哀楽を一気に体験し、そして出会いの大切さを学び、
そして何よりも感謝と言う意味を言葉ではなく心で感じることができた年でした。
振り返れば、最初にお客様が来なかった数か月、そしてクレームや説教をうけた苦痛の日々は、
今となってはありがたい日々であり、あの時の辛い思いがあるからこそ有頂天に、天狗にならなかったのだと思う。
ま~よくある話ですが、痛みを知らずして優しくはなれないよなぁ~と。
てしまひで菌の活動としてのマインドの軸はここにあるんです。
出会いから学んだお互いの経験を、共有し合い、学び合い。人として互いに成長をするということ。
このあたりから創造されるコトやモノは旨みがあるんですよね~。
最後に・・・傍から見れば儲かって儲かって!。。。って思われる方もいるでしょうが、
世の中はそんなに甘くはないのです。
メディアの波は津波同様 引きも早いのです。
あくまでもこれは序章の話に過ぎず、さらに激しさを増すのです。
次章続く・・・!?